「伝統文化に触れる立山塾!10/19~21開催されました」

和紙製作に越中瀬戸焼の陶芸体験、立山信仰の里を散策するなど、立山町が誇る伝統文化が満載の「立山塾」。今回も、神奈川からの女子大生をはじめ、千葉、京都、岐阜、石川などから総勢11名が参加、多彩な顔ぶれが揃いました。

天気予報とにらめっこしながら、初日の開講式は、越中瀬戸焼の体験ができる施設「陶農館」にて。この立山塾の塾長は、吉峰温泉、BBQやコテージなどを有する「グリーンパーク吉峰」の取締役社長である島さん。ご自身も東京からの移住者です。参加者の皆さんに向けて立山町の魅力について熱弁中の一コマ(写真中央)。

降り出した雨が時折、強くなったり、雷も鳴り始めるなか、プログラムを一部変更して、一行は立山町が誇る「日本一」のひとつ、称名滝へ。この滝、何が日本一かと言えば、その落差が350mと日本一なのです。いまいちピンとこないかもしれませんが、東京タワーが333mと聞けば、その迫力のすごさを感じていただけるでしょうか。

立山連峰の雪解け水が多く流れ込む春先には、称名滝の右側に「ハンノキ滝」という、もうひとつの滝が現れ、2本の滝が豪快に流れ込む様が楽しめます。今回はあいにくのお天気で、滝の近くまでは残念ながら行けず。晴れていたら、こんな燃えるような紅葉が拝めることも。

 

本来なら、駐車場から滝まで約30分ほどテクテクと歩くのですが、今回は、冷たい雨のため、駐車場近くの称名平休憩所まで。称名滝についての模型や映像が流れる施設内で、ガイドをしてくださるボランティアガイド「立山りんどう会」の清水さんの説明を聞きます。皆さん、雨合羽姿。

 

この辺りで既に標高973m。外界と違い、さすがに寒いですね!

さて、今回の立山塾のお楽しみのひとつは、立山町でゲストハウスを始められた坂口さん宅での民泊。空き家バンクで見つけた古民家に手を加えてこの夏、オープンしたこちら。立派な梁といい、欄間、ガラス戸のお洒落な細工まで、隅々まで見応えのある素敵なお家です。

福岡ご出身、東京でのサラリーマン時代を経て、2016年4月立山町へ移住された坂口さん。「農業をやりたい!」と一念発起され、「とやま農業未来カレッジ」にも通われ、今ではすっかりたくましいファーマーに。

お部屋を案内してくださる坂口さん。丸メガネがなんともいい感じ。雰囲気はまるで、明治時代の書生風です(笑)。富山あるある(地方あるある?)ですが、空き家と言えども、前の所有者さんのお仏壇が鎮座ましましております。坂口家も例外ではありません。

ちなみにゲストハウスの名前は「白雪」。坂口家の可愛らしいお嬢さんたちが、将来、継ぎたくなるようなキュートなネーミングをしたのもありますが、(ゆくゆくは看板娘に!)、引っ越してきて、立山の神々しい雪景色を見た時の感動が、そもそもの原点だとか。「白雪」のように心を輝かせる農園やゲストハウスになれば、という坂口さんの願いが込められています。

 

 

2日目は、越中瀬戸焼の体験です。一行は、陶芸体験ができる陶農館へ。写真手前の煙突がある小屋が「登り釜」です。ここで、何とも味わいのある、様々な表情をした器が焼かれ、生まれるのです。

富山が誇る伝統文化、越中瀬戸焼は、加賀藩主・前田利長が1590年代の終わり頃、尾張国の瀬戸から陶工を招き、この地で焼き物を作らせたことが始まりです。後に藩の御用窯となり、一大産地となりました。この近辺は瀬戸村と呼ばれ、ここで焼かれる陶器は越中瀬戸焼と呼ばれるようになったのです。

まずは、のぼり窯にお酒をお供えして、無事を祈りながらご挨拶をします。神聖な儀式ですね。

続いて、お楽しみの陶芸体験。陶農館のスタッフであり、ご自身も作陶家として活動をしている山田智子さんの指導のもと、参加者の皆さんもお皿作りにチャレンジ。ちなみに、「土」も、もちろん、ここ越中瀬戸の土です。焼き上がりをお楽しみに!

お昼は、陶農館から歩いてすぐの新瀬戸小学校で。現在、休校中の校舎を使ってこの日は「楽市」という名のマーケットが開催されていました。地元の農産物をはじめ、クラフトなどが賑やかに並び、食堂はたくさんのお客さんで大賑わい。

マーケットを見学した一行は、休校舎の校長室でランチタイム。なかなかできないレアな体験です。ここでは、休校舎の利活用の旗振り役である、新瀬戸地区活性化協議会の大畑年〈みのる〉会長も加わって、この新瀬戸地区の魅力などについてお話くださりました。

 

午後からは、立山町の虫谷地区で空き家を改修し、自らの住まいをはじめ、ギャラリー、ゲストハウスなどを展開する和紙職人、川原隆邦さんのもとへ。川原さんのもとには、同じモノづくりの作家さんたちが集まり、「若手移住者の里」として注目を集めているホットなエリアです。写真左から2番目のニット帽をかぶった方が川原さん。日本一、薄い和紙を作ることができる和紙職人さんです。

 

ここで、和紙づくりを体験しますが、皆さんがご存知の「紙漉き体験」だけを行うわけではありません。まずは、トロロアオイの根っこ掘りから。このたくましい「根っこ」。これが和紙作りに欠かせない大事な役割を果たすのです。

トロロアオイは、別名「花オクラ」とも呼ばれるオクラの一種で、オクラと同じようなネバネバ感があります。これが、和紙づくりで「ねり」や「のり」と言われるものです。紙を漉く時、繊維と繊維をくっつける接着剤と思われがちですが、実際は、「ねり」の役目は、水中で繊維が均一に分散するのを助けるためで、接着力はないそうです。へぇ~ですね。

そして和紙作りの原料となるのが「楮」(こうぞ)。巨大な樽にまるで、手延べうどんのごとく。

この「楮」を塊ごとにわけ、木槌でトントン叩いて、のばしていきます。

 

そして、先ほど掘ったトロロアオイの根っこを手に嬉しそうな表情。写真では分かりづらいかもしれませんが、お肌に塗ったら美肌効果があるのでは?と思うほどのとろみ具合です。

このトロロアオイが、水中で繊維の1本1本がむらなく、均一に分散するのを助けるのです。この「ねり」のおかげで均質ないい紙が作られるそうです。

楮と「ねり」を加えて混ぜます。

かつては、農閑期となる冬の時期に行われていた和紙作り。水作業も多く、今でも冬場は厳しい寒さとの戦いです。

ここからが皆さんが良く目にする紙漉き体験。今回は、3日目の護符作りのための和紙を一人一枚、作成するのがミッションです。

漉いた紙をそ~っと型から外していきます。水分を含んだ紙は繊細です。慎重に、慎重に。

ここからは乾燥させる作業です。伝統的なのは天日干しだそうですが、ここでは、三角形に張り合わせた鉄板の上乗せて、貼りつけた紙を乾燥させます。中に蒸気が送りこまれて、鉄板が熱されています。

刷毛を使ってすばやくシワにならないように、サッサッとならしていきます。

透かし具合がなんともいい感じです。これが最終日、どんな護符に化けるでしょうか!お楽しみに。

 

3日目は立山町芦峅寺(あしくらじ)という立山信仰の窓口ともいえる集落へ。江戸時代、芦峅寺は「宿坊」とよばれる寺院や宿が点在し、立山信仰の里として人々に崇められた場所。立山信仰を知りたければ、何はともあれ、芦峅寺へ。まずは、立山博物館で、学芸員の方から、地獄と極楽の存在する霊峰、立山についての解説をしていただきます。

 

江戸時代、女人禁制だった立山。男性は登拝することであの世での極楽を約束されました。では、山に登れない女性をどうやって救うか? そこで行われのが「布橋灌頂会(ぬのばし・かんじょうえ)」という宗教的儀式です。

現在、3年に一度、開催されているこの儀式。女性が白装束を身にまとい、目隠しされた状態で、極楽往生を願って朱塗りの布橋を渡ります。橋の手前が「此岸」(この世)、そして橋の向こうが「彼岸」(あの世)。雅楽と声明の調べに導かれながら、なんとも神秘的な儀式です。

 

 

今回は、男性陣もまじって皆さんで布橋を渡ります。橋の向こうには神々しくも立山連峰が。

 

橋の向こうには、どんな世界が見えますか?

そして、芦峅寺に残された宿坊のひとつ、「教算坊」へ。現在は一般に公開され、その佇まい、しっとりとした、わび・さびを感じられる邸宅です。

お昼を前に、護符作り体験。ここでも川原さんに教えていただきながら、版を押して自分だけの護符を作ります。

完成です!

 

お昼はここ、芦峅寺のふるさと交流館にて、朱塗りのお膳で立山信仰ゆかりの精進料理いただきます。手前右手にあるお椀が、名物「つぼ」。主役はコゴミとよばれる山菜で、乾燥して戻すので、味わいが深く、滋味あふれる美味しさです。よもぎを練り込んで油で焼いた「焼きつけ」は、立山登拝する方々の「携帯食」として好まれました。

立山の伝統と歴史、自然に触れた3日間。参加者の皆さんが、いつかまたきっと、戻ってきてくれることを願いつつ。今回も塾長をはじめ、かかわってくださった地域の方々、本当にありがとうございました!